フィネガンズ・ウェイク4pその4

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(one yeastyday he sternely struxk his tete in a tub for to watsch the future of his fates but ere he swiftly stook it out again,
→「yeastyday」、yeastは「酵母イースト」だから柳瀬では「ある発(酉が付いている)曜日」で、宮田ではyesterdayをそのまま「昨日」、easter「復活祭」も見て「復活昨日」と訳す。sternely、sternは「厳しい」なので宮田では「頑固に」と訳しているが柳瀬ではロレンス・スターンのSterneを見て「こいつはスっターンとばかり」。struxkは辞書にないが、一番近そうなのがstruck突き通した。実際宮田では「突っ込んで」、柳瀬でも「ずっこんで」である。teteはフランス語の「頭」と見て間違いあるまい。tubは「桶」と英語辞書にある。watschはwatch見る、と見ていいだろうがwash洗う、もあるだろう。ゆえに柳瀬では占顔(洗顔)なのだ。ereは前も出た「~の前に」でいい。swiftlyは辞書にそのまま「すばやく」とあるが、柳瀬ではおそらくジョナサン・スウィフトの意味も込めて「スイフっト」(すいっと、とか言いたいのだろう)。stookというのはtookやstuck(stick突く、の過去形)の意味がこもっているようだ。
宮田「復活昨日、彼は頑固に頭を桶に突っ込んで己の宿命の未来を見ようとしたが、頭を速やかに引き出さずにいるうちに」
柳瀬「ある発(酉付き)曜日、こいつはスっターンとばかり桶に頭をずっこんで己が未来を占顔せんとしたのだが、スイフっト振るい抜かないうちに」

by the might of moses, the very water was eviparated and all the guenneses had met their exodus so that ought to show you what a pentschanjeuchy chap he was!)
→might「権力、精神力」だから宮田は「モーセの力で」だが柳瀬は「モーセっぱつまって」。evaporate「蒸発する」。guinness「ギネス」(フィネガンズウィキではギネス以外はgenesis創世記しかなかった。「宜熱」の意味は不明。guessは推量する、だがそれでもなさそうだし。)。exodusは「集団移動、出国」。punch「パンチ酒」、juicy「ジューシー」(モーセ五書は英語でpentateuch「ペンタチューク」、少しはpentschanjeuchyに似ているかな。宮田も柳瀬もペンタチューク=モーセ五書の意味は込めているが、操り人形芝居である「パンチ&ジュディ」に触れているのは宮田だけだ。)
宮田「モーセの力で水が永久蒸発し、創世ギネスが全部エクソダスに遭った。彼がどんなパンチ・ジュディ五書男かこれで分かるはず!)」
柳瀬「モーセっぱつまって水が蒸っと脱出するや、宜熱スの創世酒が残らず飛び埃(ちり)に及び、どうじゃこいつは、水も酒も五っ書くたな男!)」

and during mighty odd years this man of hod, cement and edifices in Toper's Thorp piled buildung supra buildung pon the banks for the livers by the Soangso.
→mighty「強大な」、odd「奇妙な、奇数の、半端な」、hod「ホッド=レンガやモルタルを入れて運ぶ木製の容器」、edifice「(大げさに)壮麗な建物」、piled「積み重ねられた」、buildungは建物(英語)と教養(ドイツ語)の意味があるか、supra「上に、前に、超越」bank「土手」、livers「~な生活をする人、肝臓」(river=川)、soangso(soandso=なにがし)
宮田「煉瓦箱(H)とセメント(C)と建物(E)相手の飲んだくれ村のこの男は、大いなる神の奇数年の間、某河川わきの住人のために河原のほとりに次々と家を建て」
柳瀬「そしてくる年めくる年、この栄恥しい違々たる畚(もっこ)セメント家造りは、飲んべえ村で何房川の土手上にえい糞っと屋上屋を重ねていた」
HCEとあるのはこの物語の主人公、ハンフリー・チムデン・イアウィッカーのことである。柳瀬でも「えいちしいいい」は色んな漢字になって繰り返し登場する。
フィネガンズウィキで調べたら、toperは「アル中」、thorpは「村(古語)」である。
ponがわからん。pondは池、pooは幼児語でうんち。これが「えい糞っと」の元か?文脈的にはon the banksとすれば不思議ではないがな。
屋上屋を架すとは、機能が重複していて無駄なことの例えである。
両者訳ともそれほどの違いは見られない。